世界観分析ゲームレビュー

『Dishonored』世界観分析:鯨油産業都市と神秘の力が織りなす「抑圧」と「抗い」のポートレート

Tags: Dishonored, 世界観分析, スチームパンク, ディストピア, アートワーク

導入:抑圧と神秘が交錯する都市、ダンウォール

アークメインダストリーが開発した『Dishonored』は、スチームパンクと産業革命期風の都市、ダンウォールを舞台にしたステルスアクションゲームです。プレイヤーは、皇帝暗殺の濡れ衣を着せられた伝説的な護衛官コルヴォ・アッティアーノとして、超常的な力を得て、腐敗した権力者たちへの復讐と、幽閉された王女エミリーの救出を目指します。

このゲームの最大の魅力の一つは、緻密に作り込まれたその世界観にあります。単なるファンタジー世界ではなく、現実の歴史や社会問題を強く意識した設定に、異質な超常的な要素が融合することで、独特の雰囲気と深いテーマ性を生み出しています。この記事では、『Dishonored』の舞台である都市ダンウォールを中心に、その世界観がどのように構築され、どのような意味合いを持っているのかを、多角的な視点から分析していきます。

分析本論

産業と病、そして格差社会の反映:ダンウォールの設定源流

ダンウォールは、そのヴィジュアルや社会構造において、現実の産業革命期イギリス、特にヴィクトリア朝時代からの強い影響を見て取ることができます。都市を動かすエネルギー源は「鯨油」であり、巨大な鯨を捕獲し、その油を精製する産業が栄えています。これは当時の捕鯨産業や、石炭に依存した産業都市を想起させます。

同時に、都市には謎の「疫病」が蔓延しており、貧困層を中心に多くの犠牲者が出ています。この疫病は、産業革命期に都市部で頻繁に発生した伝染病(コレラや結核など)や、中世ヨーロッパを襲ったペストの歴史を強く意識した設定と言えるでしょう。衛生状態の劣悪なスラム街と、裕福な権力者たちが住む隔離された地区の対比は、当時の深刻な社会格差と公衆衛生の問題を明確に描いています。

ゲーム内の文書や市民の会話からは、厳格な階級社会、貧困、そして権力者による汚職や抑圧がまざまざと描かれています。これらの設定は、単なる舞台背景に留まらず、プレイヤーが対峙する「悪」の根源、そしてコルヴォの復讐の動機付けに深く関わっています。現実の歴史的背景を下敷きにすることで、フィクションでありながらも、説得力と重厚さを持った世界観が構築されているのです。

アートワークが紡ぐ「退廃」と「異質」の美学

『Dishonored』のアートワークは、その世界観を視覚的に表現する上で極めて重要な役割を果たしています。特にキャラクターデザインは、シドリック・ペイラヴェルネイなどのアーティストの影響を受け、意図的に骨ばった、あるいは歪められたような特徴的なスタイルを持っています。これは、過酷な環境で生きる人々の疲弊や、権力者たちの内面の歪みを象徴しているかのようです。

都市景観は、産業革命期らしい煉瓦造りの建築物や工場、運河が特徴的ですが、そこにヴィクトリア朝ゴシックやアール・デコ様式の要素が加わり、独自の雰囲気を醸し出しています。特に、裕福な地区は荘厳でありながらもどこか冷たく、貧困地区は崩壊寸前で薄暗く描かれ、都市の持つ光と影、繁栄と退廃を際立たせています。鯨油の精製施設や、都市を走る高架の列車といった産業的な要素は、技術の進歩がもたらした力の象徴として描かれる一方、その巨大さや無機質さは、個人を圧倒する社会の抑圧をも示唆しているように見えます。

さらに、アートワークは超常的な要素である「ヴォイド」とそこから来る力を表現する際にも独特の美学を発揮します。ヴォイドへの入り口や、コルヴォが得るルーン、ボーンチャームといったアイテムは、現実世界とは異なる異質なデザインを持っています。これらの視覚的な対比は、日常と非日常、科学技術と神秘主義といった、ゲーム世界を構成する異なる要素の存在を強調し、世界観に複雑性と深みを与えています。

ストーリーテリングと世界観の相互作用:選択が変える都市の様相

『Dishonored』のストーリーテリングは、古典的な復讐劇の骨子を持ちながらも、プレイヤーの行動が世界に影響を与えるシステム(カオス度)によって、世界観の体験を深化させています。プレイヤーが敵を殺傷するか、非殺傷でやり過ごすかによって、都市の雰囲気、疫病の進行度、市民の反応、そしてエンディングが変化します。

「低カオス」でのプレイでは、都市は徐々に平静を取り戻し、希望が見え始めます。対照的に、「高カオス」でのプレイでは、疫病は悪化し、街は荒廃し、治安はさらに悪化します。これは、コルヴォという一個人の選択が、ダンウォールという都市全体の世界観、その「健康状態」に直接的に影響を及ぼすことを示しています。

物語を通して描かれる権力者たちの腐敗や抑圧された人々の苦悩は、プレイヤーに倫理的な問いを投げかけます。超常の力という非日常的な手段を用いて、現実的な社会問題にどう立ち向かうのか。プレイヤーの選択は、単にゲームの難易度を変えるだけでなく、ゲームが提示する世界観、つまり抑圧された社会における暴力や希望の意味合いを、プレイヤー自身が解釈し、再構築する機会を提供しているのです。アウトサイダーやヴォイドといった神秘的な存在は、物語における「介入者」として、あるいは社会の抑圧に対する「抗い」の可能性として機能し、ストーリーに独特の次元を加えています。

象徴的な要素の役割:鯨、マスク、そして心臓

『Dishonored』の世界観を深く理解する上で、いくつかの象徴的な要素に着目することは有益です。

これらの象徴は、ゲームの世界観に層を加え、プレイヤーに様々な解釈を促します。単なるゲームの要素としてではなく、ゲームが描こうとしているテーマやメッセージを理解するための手がかりとなります。

結論:深く考えさせる「異形」の産業都市

『Dishonored』の世界観は、現実の歴史や社会問題に根差したリアルな描写と、神秘的で異質な超常要素が見事に融合した、非常にユニークなものです。産業革命期イギリスを思わせる「鯨油産業都市ダンウォール」は、単なる舞台装置ではなく、格差、抑圧、腐敗といったテーマを視覚的、構造的に表現する主体として機能しています。

アートワークは、この世界の退廃と異質さを際立たせ、プレイヤーの感情に訴えかけます。そして、プレイヤーの行動が世界に影響を与えるストーリーテリングは、ゲームが提示する世界観や倫理的な問いに対して、プレイヤー自身が深く関与することを促します。

『Dishonored』の世界観は、表層的な面白さだけでなく、その背景にある歴史的・文化的影響、アートワークやストーリーテリングの意図、そして象徴が持つ意味合いを考察することで、さらに深く、多層的に理解することができます。この分析が、読者の皆様が再びダンウォールの街を訪れる際、あるいはこれから訪れる際に、ゲーム世界への新たな視点と、隠された深層を探求する興味を提供できれば幸いです。