『Control』世界観分析:ブルータリズム建築とニュー・ウィアードが描く異次元官僚機構
イントロダクション:異様なる「最古の場所」への誘い
ゲーム『Control』は、謎多き超常現象を管理する秘密組織「連邦操作局」を舞台に、プレイヤーを特異な世界へと引き込みます。単なるシューターとしてではなく、その強烈な個性を持つ世界観が多くのプレイヤー、特にゲームが描く背景や設定に深い関心を持つ層から高い評価を得ています。この記事では、『Control』がどのようにその唯一無二の世界観を構築しているのか、特に舞台となる「最古の場所」と呼ばれる連邦操作局本部ビルに焦点を当て、その建築様式、文化的・文学的背景、そして物語構造との関連性から分析します。
ブルータリズム建築が象徴する「最古の場所」の権威と異様さ
『Control』の舞台である「最古の場所」は、その外観も内部も、徹底してブルータリズム建築様式で表現されています。コンクリート打ちっ放しの巨大な構造物、反復される直線的なデザイン、最小限の装飾は、連邦操作局という組織の持つ隠蔽された強大な権力、冷徹な機能性、そして非人間的な側面を視覚的に強く印象づけています。
ブルータリズムは、20世紀半ばに興った建築運動であり、その名が示すように「生々しいコンクリート(béton brut)」を特徴とします。その量感、力強さ、そしてある種の威圧感は、『Control』における局の絶対的な存在感、そしてプレイヤーであるジェシーが立ち向かう巨大なシステムとしての側面を表現する上で極めて効果的に機能しています。
さらに、「最古の場所」の特異性は、この強固なブルータリズム構造が、異次元からの干渉によって常に変容し続けるという設定によって強調されます。堅牢であるはずの壁が崩壊したり、部屋の配置が予期せず変化したりする様は、現実の建築規範が通用しない異常性を際立たせ、プレイヤーに迷宮に迷い込んだような感覚や、世界の根底にある不確実性に対する畏怖の念を抱かせます。この建築と空間の変化は、単なる視覚表現にとどまらず、ゲームプレイにおける探索の面白さや、物語の進行そのものにも深く関わっており、アートワークが世界観構築の中核をなしていると言えるでしょう。
ニュー・ウィアードと官僚機構の悪夢:文化的・文学的背景
『Control』の世界観を語る上で、その文学的な背景、特に「New Weird(ニュー・ウィアード)」と呼ばれるジャンルからの影響は無視できません。ニュー・ウィアードは、SF、ファンタジー、ホラーといった従来のジャンルを横断し、日常の中に異質で非合理的な事象が侵食してくる様を描くことを特徴とします。SCP財団のようなインターネットミーム、ジェフ・ヴァンダミアやチャイナ・ミーヴィルといった作家の作品が、このジャンルの例として挙げられます。
『Control』における「変遷したオブジェクト(Altered Item)」や「異次元事象(AWE - Altered World Event)」といった概念は、まさにニュー・ウィアード的な発想に基づいています。ごく普通の物品が超常的な力を宿し、世界に歪みをもたらす。これを組織的に隠蔽・管理しようとする「連邦操作局」という設定は、未知なる恐怖や、陰謀論的な思考、あるいは世界の裏側に隠された真実を探求するという現代的な好奇心を刺激します。
また、『Control』は「官僚機構」そのものをある種の悪夢として描いています。複雑な手続き、書類仕事、階級構造、そして事なかれ主義や隠蔽体質といった組織の負の側面が、超常現象という手に負えない事態を管理しようとする試みと皮肉な対比をなしています。これはフランツ・カフカの描く不条理な官僚主義の世界とも通じるものがあり、巨大なシステムの中で個人の意志が絡め取られていくような閉塞感や、理解不能なルールに支配される感覚は、多くのプレイヤーに共感を呼ぶかもしれません。ゲーム内で見つかる膨大な量の資料や記録は、この官僚機構の異常なまでの記録偏重と、そこに隠された真実の断片を示しており、読書家タイプのプレイヤーにとっては格好の探求対象となります。
ストーリーテリングと象徴:ジェシーの旅と内なる声
『Control』の物語は、失踪した弟を探す主人公ジェシー・フェイデンが、偶然「最古の場所」に足を踏み入れ、予期せず局長という地位に就くことから始まります。この「偶然の継承」という物語構造は、プレイヤーに突如として広大で理解不能な組織のトップに立たされるという、独特の没入感を与えます。ジェシーが局内を探索し、「ヒス」と呼ばれる異次元の存在に侵食された局員やオブジェクトを「掃除」していくプロセスは、物理的な空間の浄化と同時に、彼女自身の過去や内面的な混乱を整理していく旅としても解釈できます。
ゲーム内に登場する様々な「変遷したオブジェクト」や特定の場所は、象徴的な意味合いを強く持っています。例えば、異なる次元や意識との繋がりを示す「非常線電話」、過去の出来事を追体験させる「スライドプロジェクター」、あるいは変容を遂げた日常品そのものが持つ異様さは、プレイヤーの想像力を掻き立てます。
また、ジェシーに語りかける「声」(アスレト)や、敵対する「ヒス」のざわめき、そして過去の局長トレンチの残した映像など、音響的な要素も世界観構築に大きく貢献しています。これらの「声」は、情報源であると同時に、世界の歪み、あるいは内面的な混乱を表しており、ストーリーテリングにおける重要な要素となっています。プレイヤーはこれらの断片的な情報や象徴を読み解きながら、この異常な世界の全体像を構築していくことになります。
結論:唯一無二の世界観がもたらす深い体験
『Control』は、ブルータリズム建築の視覚的インパクト、ニュー・ウィアード文学の非合理的な恐怖、そして官僚機構という社会的なモチーフを見事に融合させることで、ゲーム史においても類を見ない独特の世界観を創造しています。物理法則が捻じ曲がる「最古の場所」という舞台設定は、単なる背景にとどまらず、ゲームプレイ、物語、そしてアートワークの全てを貫く中核として機能しています。
長年様々なゲームをプレイし、ゲームが描く世界そのものに深い興味を持つ読者ペルソナにとって、『Control』は格好の探求対象となるでしょう。その世界観は、現実世界の建築様式、文学、そして現代社会における組織や権力構造といった、様々な文化的な参照点と関連しています。これらの背景を理解することで、ゲーム体験は単なる超常現象との戦闘を超え、不条理な世界における自己の存在意義や、未知への探求といったより深いテーマへと広がります。
『Control』の世界観分析は、ゲームがいかに多様な文化的要素を取り込み、それを独自の表現手法で再構築できるかを示す好例です。この記事を通じて、読者の皆様が改めて「最古の場所」の異様さに目を向け、その深層に隠された構築の妙に触れるきっかけとなれば幸いです。